2009年12月16日水曜日

白岩1

 白岩は狼狽していた。
 事件に関する手掛かりが驚くほどないのだ。
 「ジャック・クリスピン曰く、『見つからないものはそもそも存在の有無が怪しい』ってさ」職場の上司である西塔は机に両足をのせて言った。彼は高校の時不良のチームに入るため不良のふりをしたらしいが、その時の癖でやってしまうらしい。
 「ネットで何回も調べましたけど、ジャック・クリスピンなんて歌手はいそうにないですよ」そもそもジャック問い名前自体がありがちなために検索してヒットはするのだが、歌手でロックバンドのジャック・クリスピンはなかなか見つからないものである。
 「馬鹿かお前は。ネットってのは全てが存在してるわけじゃねぇんだよ」イヤフォンはしていたがこちらの声は聞こえるらしい。「お前もそろそろ捜査チームから外してもらったらどうだ。一向に見つかるわけがねぇよ、こんな事件」
 本格的な捜査チームが結成されて二ヶ月が経過したが、文字通り犯人の足跡すらつかめない。
 昨日の被害者で27件目となったにも関わらず、指紋、足跡、痕跡など一切みつからない状況に、ベテランの刑事すらほぼさじを投げている状態である。そのベテランの刑事が彼、西塔なのだが。
 「西塔さんは、犯人を捕まえたくないんですか」
 「犯人は捕まえたいさ。けど、俺らが見つからない犯人にかまってる間にほかの事件に時間が割けなくなっちまっておろそかになる。それもまたおかしな話だろう」
 西塔の話は一理あった。しかし、それでは刑事として本末転倒である。何より白岩には犯人を追い続ける理由がある。
 白岩の父親は殺された。白岩と母親が出かけている間に犯人に心臓を刺され、家の金20万を盗まれた。父は平凡な会社員だった。仙台の中小企業の部長にまで昇進し、借金もローンもなく、貯金もあった。温厚であり、厳しい時は厳しかった。人から恨まれることもなく、むしろ仲間を作りやすい人だった。
 そんな父が死んでも、実感が湧かなかった。なぜ父は死んだ、なぜ父を殺した。その謎を、殺した犯人をどうしても明かしたかった。
 「オレは死んでも犯人を捕まえます」
 「お前な、死んでもってのはよほどの覚悟なきゃ言っちゃいけねぇんだぞ」白岩はむっとした。
 「西塔さんはオレの気持ちがそんなものだと思っているんですか」西塔は面倒くさそうに脚をおろした。
 「ま、別にいいけどな」
 「オレが良くないですよ」
 「ま、とりあえず聞け」採用はポケットからメモを取り出した。「そこに書かれてるやつ会ってみろ」
 「だれですか」
 「友人だ」
 「会ってどうするんですか」
 「そこはお前が考えろ。ジャック・クリスピン曰く、『考える者は長生きする』だ」
 白岩に単独捜査の命令が出されたのはそのすぐ後だった。

2009年12月12日土曜日

黒澤1

 仙台駅連絡通路のファーストフード店は混雑していた。
 学校帰りと思われる制服の少年少女達が大半を占めている。ほぼ全員が制服を着崩しているせいで
あまり良い印象はない。
 これが未来の日本を背負わなければならないと思うと不安である、とは言い過ぎかもしれないが、あま
り深く考えたくはない。
 先ほど注文したコーヒーが2分ほどで渡された。「百円になります」と店員は言っていたが、なら百円に
なる前は何だったのだ。
 このような賑やかな場所は好きではない。黒澤がここに来たのは仕事のためである。
 黒澤の仕事は二つある。一つは探偵、もう一つは泥棒である。
 もともと空き巣を生業としていたのだが、高校時代の友人との出会いをきっかけに「仕事場」の調査の
ために探偵を兼用することにしたのだが、これがなかなか効率が良かった。
 もともと独自の美学のもとに行っていた泥棒行は不定期な収入なうえ、苦労の割に得られる額は低い。
しかし探偵業を始めると、一般の依頼だけでも十分食うのに困らず、平均8万から10万だった空き巣の額は、2,3万程度になっていた。近頃はそろそろ泥棒を引退しようとも思っていたところである。
 依頼が届いたのはそんな時だった。

 「黒澤さんっすか」聞き覚えのある声だった。
 「引力の論文はまとめたのか」何の話っすかと聞かれたが、話を続けることにした。
 「黒澤さん、やっぱり同盟に入る気はないんすか」
 仙台で連続放火魔の事件が騒がれたころ、黒澤のもとに電話があった。以前仕事の都合で出会った同業者だが、何かと黒澤を仲間に引き入れたがる。そのとき電話したのは「同盟」をつくるためだった。
 よく映画やゲームなどで盗賊ギルドなどが出てくるが、それに感化したのかそれとも他の理由か、仙台の同業者同士で結託して、情報交換、技術援助など互いに支えあって仕事をする、という名目と、身勝手な行動を禁じるという目的のために結成するらしい。
 「以前も言ったが、今のオレはだいたい泥棒じゃない」だいたい泥棒でないとは何なのかわからないが、意外と的を射ていた。
 「けど黒澤さんがいると心強いし、なにより分け前が大幅に増えるっすよ」
 「食うのには困っていない。困っているのは天井裏のネズミくらいだ」何度かガス栓をかじられたネズミには頭を痛めていた。
 「なら、もう一つの話っす。明日親分に会ってください」
 「親分というのはいない。以前も言ったはずだ」
 「そんなこといってもいい感じじゃないっすか親分って」
 「あいつが何の用だ」
 「黒澤さんと話したいそうなんすよ」

 後ろの席で女子高生が携帯電話に向かって怒鳴ったと同時にその親分が入ってきた。
 黒のスーツを着た彼は、泥棒というよりは、やくざのような威圧感があった。
 「ひさびさじゃねぇか、変わらねぇな黒澤」
 「お前は大分雰囲気が変わった」以前は工事現場などで汗を流しているような雰囲気だったが、だいぶ出世した。
 「これでも親分だからな、俺は」
 「親分、か」どうやら、黒澤が思っている以上に結束は固いようだ。黒澤が仲間にならないのは「親分」の概念がないからというのもあるのかもしれない。
 「今回呼んだのは他でもねぇ。お前に依頼をしたい」
 「泥棒が泥棒に仕事を頼むのか」
 「そっちじゃねぇ、お前の副業だよ」内ポケットから煙草を取り出して火を点けた。「今回は探偵のお前に頼みたいことがある」